2007年02月19日

松坂屋と大丸が経営統合へ

松坂屋と大丸が経営統合へ2月中に合意を目指しているとメディアが大きく報じた。

今年5月に海外企業が株式交換で、日本企業を買収できる「三角合併」が解禁されることを見込んでの再編の動きとも言われている。

だとすると、再編による積極的意義、いわばシナジー効果、つまり3×3=9を期待してではない。

時価総額が低い日本の百貨店は、外資による買収にさらされる恐れがあり、すなわち消極的意義。

買収防衛の面から規模拡大を図ろうとしていることになる。

だが松坂屋と大丸は、ともに長い歴史と伝統を持つ名門企業。一般の企業とはダンチに違う深い企業文化を持つ。

単純に3×3=9、3+3=6となるのだろうか?

名古屋で松坂屋の名が消えるのなら、大丸の名前に代わるのなら、誰が松坂屋に足を運ぶのだろう。

松坂屋のルーツをたどると、織田信長の家臣であった伊藤蘭丸祐道(すけみち、後に源左衛門)が、1611年(慶長16年)に、清須から新しく城下町を築きつつあった名古屋の本町に移り、呉服小間物商の看板を掲げたことに始まる。

江戸時代に入り、松坂屋は尾張徳川ご用達の伊藤呉服店から続く歴史を誇る。

3代将軍徳川家光の長女千代姫(当時2歳)が、尾張家2代藩主徳川光友に嫁いだ際のド派手な婚礼調度類。

恐らく名古屋のド派手な結婚式のルーツは、ここだろうが、その文化を支えてきたのが、松坂屋。

今でも、「松坂屋の石鹸は、やっぱり違う」と言う、ご婦人がいるほど信者は多い。

石鹸作っているのは、松坂屋ではなく、花王でしょう?

こんなわけの分からない神話があるのだから、松坂屋に寄せる名古屋人の信頼は厚い。

名古屋の生活文化に深いかかわりをもつ松坂屋は、その暖簾は、半ば名古屋人の歴史的公共財としての重みがある。

松坂屋はただ単に一企業としての百貨店ではないし、ただ単に株主だけではない多数のステークホルダー(利害関係者)に支えられている、暮らしと文化を結ぶ公共文化でもある。
posted by rakuyen at 19:27| Comment(0) | TrackBack(1) | 松坂屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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経営統合・交渉中
Excerpt: 2月27日(火)  大丸と松坂屋が経営統合 ・ ・ ・交渉中だそうです。  先週のニュースですねぇ。
Weblog: お金が無いから返せません カードローンとの戦わない戦い
Tracked: 2007-02-27 22:53
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