2006年07月03日

アイデアマンの三井高利

三越は、延宝元年(1673)、三井高利(三井家の家祖)が江戸本町1丁目に越後屋呉服店を開いたことに始まります。

越後屋呉服店で有名なエピソードがあります。

当時の呉服店では、前もって得意先の注文を聞き、後から品物を持参する見世物商いと、直接商品を得意先に持参して売る屋敷売りで商いをしておりました。

支払いは、盆・暮の節季払いか、年1回の極月払い。

大名、武家、大きな商家を得意先に、支払いは、6月と12月の二節季払い(にせっきばらい)、または12月のみの極月払い(ごくげつばらい)という掛け売りでした。

人手も金利もかかるので、当然商品の価格は高く、資金の回転も悪かったのです。

そこで高利は当時の商法を覆す掛け値なしの店頭での現金取引き「店前現銀売り」を行いました。

これが大ヒット。庶民が越後屋に足を運びました。

天和3年(1683)には両替店を開設しました。

当時、幕府は、近畿以西の直轄領からの年貢米や重要産物を大阪で販売して現金に換え、それを江戸へ現金輸送していました。

また江戸商人は、京都や大阪で仕人れた商品の代金を、現金で上方へ送っていました。

しかし、正貨輸送は労賃がかかるほか、危険の多い不便なものであったため、高利は幕府にこれに代わる新しい為替取組みの新しい方法を創案しました。

こうして三井両替店は、幕府の金銀御用達としての地位を得ることになったようです。

三井高利はアイデアマン、かなりのやり手でした。

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posted by rakuyen at 12:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 三越の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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