2006年06月29日

大坂夏の陣で家業中断

慶長19年(1614)の大坂冬の陣、翌・慶長20年(1615)の夏の陣と、2度にわたって亡き豊臣秀吉と徳川家康の最終決戦が行われました。

夏の陣の戦端が開かれたのは、大坂城よりずっと南の玉手山。

豊臣方の先陣・後藤又兵衛基次が、徳川方の大軍を迎え撃って討ち死にした地でもあります。

松坂屋のご先祖様、伊藤源左衛門が戦死したのは、1615年(慶長20年)の大坂夏の陣でした。

このとき源左衛門は義によって秀吉の遺児秀頼を総大将とする豊臣方に加わりました。

源左衛門は、その配下の武将後藤又兵衛基次のもとに馳せ参じ、後藤隊は、秀頼に大和口の先手を命じられて、伊達政宗の軍勢と戦い、戦死を遂げました。

これにより松坂屋の前身いとう呉服店は、窮地に追い込まれ、家業が中絶。

1659年(万治2年)になって、元服して次郎左衞門と名乗った遺児祐基(すけもと)が、茶屋町に呉服小間物問屋を再興しました。

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posted by rakuyen at 19:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 松坂屋の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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