2006年06月30日

日本で一番歴史のある松坂屋

日本で一番歴史が古い百貨店は、松坂屋です。

松坂屋が誕生した慶長16年という年は、関が原の戦いで徳川側が大勝して11年目、家康はまだ健在で69歳という年齢でした。

時代は、戦乱から安寧(あんねい)へと切り替わろうとしているそんな転換期にいとう呉服店(後の松坂屋)は、誕生したのです。

400年の歴史を持つ百貨店は、日本において松坂屋を置いてほかにありません。

それが、名古屋に誕生したのです。

三越も歴史のある百貨店です。

ですが、松坂屋誕生の後、62年後のことです。

もう少し、詳しく言うと、松坂屋の前身、いとう呉服店は、実は一度、家業が中断しており、それを遡ると、織田信長の家臣であった伊藤蘭丸祐道(すけみち)は、1611年(慶長16年)に、清須から新しく城下町を築きつつあった名古屋に移りました。

いわゆる清須越ですが、そのとき欄丸は名を源左衛門と改め、名古屋の本町に店を構えて呉服小間物商の看板を掲げました。

これが、松坂屋の前身であるいとう呉服店の始まりです。

松坂屋の歴史を遡り、正確に言えば、ここに松坂屋の起点があったのです。

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2006年06月29日

大坂夏の陣で家業中断

慶長19年(1614)の大坂冬の陣、翌・慶長20年(1615)の夏の陣と、2度にわたって亡き豊臣秀吉と徳川家康の最終決戦が行われました。

夏の陣の戦端が開かれたのは、大坂城よりずっと南の玉手山。

豊臣方の先陣・後藤又兵衛基次が、徳川方の大軍を迎え撃って討ち死にした地でもあります。

松坂屋のご先祖様、伊藤源左衛門が戦死したのは、1615年(慶長20年)の大坂夏の陣でした。

このとき源左衛門は義によって秀吉の遺児秀頼を総大将とする豊臣方に加わりました。

源左衛門は、その配下の武将後藤又兵衛基次のもとに馳せ参じ、後藤隊は、秀頼に大和口の先手を命じられて、伊達政宗の軍勢と戦い、戦死を遂げました。

これにより松坂屋の前身いとう呉服店は、窮地に追い込まれ、家業が中絶。

1659年(万治2年)になって、元服して次郎左衞門と名乗った遺児祐基(すけもと)が、茶屋町に呉服小間物問屋を再興しました。

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2006年06月28日

松坂屋創業者は織田信長の家臣、欄丸

松坂屋の歴史を調べてみると、それはそれは深い。

松坂屋の創業者・伊藤蘭丸祐道(すけみち)の父・祐広(すけひろ)は、小姓役(こしょう)として信長に仕え、蘭丸を名乗っていといいます。

小姓(こしょう)というのは、昔、貴人のそば近く召し使われて種々の雑用を受け持った者。

多くは少年で、男色の対象ともなったともいわれます。

時代劇などでよく殿様の後ろに刀を持って控えている少年がそれです。

蘭丸と言えば織田信長に仕えていた森蘭丸が有名ですが、その欄丸とは違うようです。

蘭丸という名は、信長が名付け親になったといわれています。

織田信長の家臣であった伊藤蘭丸祐道(すけみち)は、1611年(慶長16年)に、清須から新しく城下町を築きつつあった名古屋に移りました。

これを、いわゆる清須越と呼ばれます。

そのとき欄丸は名を源左衛門と改め、名古屋の本町に店を構えて呉服小間物商の看板を掲げました。

これが、松坂屋の前身であるいとう呉服店の始まりです。

松坂坂屋の歴史は戦国時代にまで遡ります。

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2006年06月27日

宮内庁御用達の高島屋

高島屋は1831年、天保2年、飯田新七が京都烏丸高辻で古着商を開いたことが始めとされています。

「早くから美術染繍品や室内装飾に力を注ぎ、業界でも特殊な存在となり、明治30年には宮内庁御用達の栄を賜りました」と胸を張ります。

現在も皇居御造営や伊勢神宮、御大礼などの皇室式典の御用織物をお納めしているというから、歴史の重みは違います。

此の間、参考資料として収集した能装束は、前田家、毛利家、井伊家伝来の優品を含んだ格調の高いものだそうです。

松坂屋が尾張徳川お殿様ご一族様からご用達で、歴史の重みを背負っていますが、高島屋も松坂屋もその歴史では引けを取っていません。

その高島屋は明治31年に大阪・心斎橋に進出し、今日の隆盛の礎を築きました。

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2006年06月26日

エレベーターガール登場は松坂屋が初

制服、土足入場、エレベーターガール・・・今ではあたりまえのことですが、 初めて松坂屋が取り入れました。

制服は1918年(大正7年)、縞の木綿にモスリンの帯という和服スタイルで、規定縞と呼ばれていました。

この規定縞の制服は、1923年(大正12年)に大阪店がオープンした際、大評判となったとか。

土足入場に踏み切ったのは、1924年(大正13年)、松坂屋銀座店が最初のこと。

百貨店の発達史上一時期を画するといわれています。

誰もが立ち寄れる店舗として、以後、百貨店の大衆化が進みました。

エレベーターガールを登場させたのは松坂屋上野店。

関東大震災後の新店舗が開店した1929年(昭和4年)4月1日。エプリルフールです。

松坂屋は、さまざまなアイデアで日本の百貨店のフロントランナーとして、その先陣を切っていました。

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2006年06月25日

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